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第22回梓会出版文化賞受賞出版社梓会出版文化賞(有)北海道出版企画センター 賞状 記念品 金五拾萬円 梓会出版文化賞特別賞(株)医学書院 賞状 記念品 金弐拾萬円 (株)編集工房ノア 賞状 記念品 金弐拾萬円 出版梓会第3回新聞社学芸文化賞(株)八木書店出版部 賞状 金弐拾萬円 多様であることの価値―第22回梓会出版文化賞によせて斉藤美奈子 梓会出版文化賞も今年で22回目を迎えます。それもあり、選考会ではいくつかの新しい課題も浮上しました。一度授賞した出版社に2度目の授賞はあり得るのか、対象となる「中小出版社」とはどの程度まで含むのか、などです。p> ということは、すでに授賞歴のある出版社も候補にあがっていたわけですが、結論的に申しますと、出版文化賞、特別賞とも初授賞の会社に落ち着きました。必ずしも「すんなり」ではなかったものの、その分、充実した議論となり、納得のゆく結果が出せたのではないかと考えます。 出版文化賞に決まった北海道出版企画センターは1971年の創立、札幌市に拠点を置く会社です。「地域に根ざした歴史関連書の出版」を事業内容に掲げ、とりわけ北海道史研究やアイヌ研究の分野で得難い実績を積んできました。 「北海道の名付け親」としても知られる幕末の探検家・松浦武四郎の原史料を集めた『蝦夷地渡航日誌』全151巻(!)、着々と刊行が進められている『北方史史料集成』『アイヌ語地名研究』、北海道史研究の第一人者・高倉新一郎の著作集全12巻など、北方地域研究に欠かせない基礎資料を刊行し続けてきた功績は大きく、加えて新しい出版リストには、函館戦争の戦闘画、札幌農学校の知られざる実践、アイヌ研究の新しい成果など、多彩な書目が並びます。地方出版社の底力を見る思いで、北の大地からの初の受賞は満場一致で決まりました。 特別賞に決まった医学書院は1944年の創立、医学書・看護書の分野では最大手といってもいい老舗の医学系出版社です。従業員数も売り上げも出版業としてはビッグであり、「中小出版社の規模」がここで議論になったのでしたが、最終的な決め手になったのは自薦図書のリストです。 認知症の治療とケアの現場に長くかかわってきた小澤勲の編著による『ケアってなんだろう』『認知症と診断されたあなたへ』はじめ、所得格差と健康の関係を論じた近藤克則『健康格差社会』など、いずれも患者の当事者性を打ち出した内容です。医学書プロバーとして発展してきた同社の出版物の中では「主流」とはいえないだろうこれら一般向けの本は、医療の現場と一般読者をつなぐ意味でも「特別賞」の名にふさわしいのではないか。そう判断された次第です。 もう一社、特別賞に決定した編集工房ノアは、1975年の創立。大阪市を拠点に、関西在住の文学者の作品集を積極的に手がけるなど、地味ながら精力的な活動を続けてきました。 知る人ぞ知る詩人の天野忠、童話作家の庄野英二の作品集はそれぞれ十数点を数え、今年はハンセン病詩で知られる詩人の『塔和子全詩集』全3巻も完結しました。富士正晴の創作の原点ともいえる詩集成『風の童子の歌』、太宰治『パンドラの箱』の底本となった『木村庄助日誌』なども光ります。同工房には箱入りの美しい(そして厚い!)本の印象がありますが、文学もまた商品として消費されがちな今日、「生きるために書く/読む文学」が存在することの意義を改めて感じさせてくれました。 以上、偉そうに選考経過を述べてきた私は、じつは今回が初めての参加です。多彩な出版社の多彩な本の前に一瞬「どーすりゃいいんだ」とたじろぐも、生物と同じで出版文化も多様性の確保こそが重要なのだと改めて教えられたました。受賞各社のみなさん、おめでとうございます。 第22回梓会出版文化賞出版文化賞受賞のこと北海道出版企画センター 野澤 緯三男 小センターのような零細な出版社に対しての梓会出版文化賞はただただ驚きです。選考にご尽力いただきました選考委員の皆さま、関係者に敬意と感謝を申し上げます。 受賞の連絡は11月24日の午後、梓会事務局の阿久澤さんからの電話でした。驚いたのと同時にすぐに「もう少し早ければ」との思い、多くのことが頭の中を駈け巡り失礼ながら、ご連絡のお話しの内容は要として捉えることができませんでした。実は小センター代表の野澤信義が11月19日に天に召されていたからでした。父は、永年の夢、やりたいと思っていた出版の仕事を54歳になってから始めました。残したノートの中にある「出版の志(ゆめ)、絶ち難く」がこの決心をさせた当時を何よりも物語っているのでしょう。 「ささやかな出版社、北海道出版企画センターを始めたのは1971年(昭和46)2月のことでした。 ―中略― 省みれば夢中で過ぎた30年でした。眼高手低の吐息を洩らしながら何とかここまで来られたのは、永い間ボランティアにてご後援下さった多くの執筆者・史料所蔵者の方々、小センターの出版物を長きに亘りご購入いただいた皆さま、そして制作にご協力下さった印刷・装丁・製本関係の人たちに支えられてのことと改めて感謝とお礼を述べたいと思います。皆さまのご理解・ご協力・ご支援なしには、決してありえない現在であると受けとめております」 これは小センターの創業30年にあたり、父が『蝸牛のあゆみ―30年を振り返って』に載せたものです。30の数字を35に変えることをお許しいただき、引き続きご支援を賜っております多くの皆さまに感謝の思いをお伝えさせていただきたく存じます。 私は1975年父の誘いを受け、やるなら早い方がの思いでこの仕事に就きました。蝸牛のあゆみとはいえ小センターが35年にわたり出版を継続できますのは、北海道に独自な出版への求めがあることを示しており、他府県におけるような近代以前からの長期にわたっての出版活動の積み重ねを見るとき、北海道での本格的なそれは近年になりやっと緒についたばかりと愚考するところです。このたびの授賞を小センターを支えて下さり、惜しみないご協力いただいております多くの皆さまとともに素直に喜びを共有させていただき、「目録」が全てと言っていた父の言葉を戒めとしたいと思う次第です。 第22回梓会出版文化賞を受賞して梓会出版文化賞特別賞 「間」を意識して医学書院株式会社 代表取締役社長 金原 優 1944年の創業以来、私どもは一貫して、医療専門職や医学研究者の皆さまが必要とする情報を出版物あるいは電子媒体の形でお届けする専門書出版社としての道を歩んでまいりました。しかし一方で、医学領域と他の専門領域の「間」、医療職と患者本人の「間」にも、新しい知的フィールドがあるのではないかとも感じています。2000年9月から刊行を開始した「ケアをひらくシリーズ」をはじめとした領域横断的な出版物は、そしたことを意図したものです。従来の専門書の間を縫うようにして開発した企画ですが、それらのいくつかが今回の受賞につながったことは、企画の趣旨と弊社の方向性を認めていただいたことであり、たいへんうれしく感じています。 梓会出版文化賞特別賞 二つのこだわり編集工房ノア 涸沢純平 こだわっていることが、2つある。1つは、関西の著者。もう1つは、文芸出版。関西の文芸出版社であることを目指して30年間歩んできた。そして、出版とは家族を形成することだと思っている。単に書籍という商品を作るのではなく、著作を敬愛し、作者を家族とも思う。商品企画というよりは人から人へとつながった。 今回の直接の受賞対象は、『塔和子全詩集』全3巻の完結。富士正晴詩集『風の童子の歌』安水稔和『十年歌』他。これまで港野喜代子、清水正一、足立巻一、庄野英二、天野忠、山田稔、大谷晃一、東秀三、杉山平一、島京子諸氏らの本を出してきた。ノアは大阪淀川の辺、路地裏にある夫婦二人だけの出版社である。 第3回出版梓会新聞社 学芸文化賞を受賞して八木書店 代表取締役 八木壯一 「自然主義文学の巨匠」といわれ、川端康成・中上健次など多くのプロの作家や研究者にその偉大さを賞賛されていた秋声は、執筆活動の長さと作品量の多さからその全貌をつかめずにいた。今回の全集は従来知られていなかった自然主義以前の作品・文明時局批判的評論・意欲的な通俗小説を収録できた。これは編集委員の先生方の意欲と努力、徳田家の協力を得て10年で完結する事が出来た。それと共に、日本の出版流通の良い面を利用して予約読者を小社で、取次店番線、書店、そして可能な限り読者名までも把握して、隔月に配本して高定価本に拘わらず定期部数を維持できた。これらの積み重ねを評価いただいた今回の受賞を大変感謝している。 選考委員(敬称略) |
